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  • No.57 マイケル・ジャクソン 1998年の謎

    January 11th, 2010 by Yuka Azuma

    マイケル・ジャクソンなら結婚しても良いかも‥‥
    会ったこともないスター相手に勝手にひとり夢を膨らませた。
    20歳前後だった私はマイケルの音楽の才能とその歌声に惚れ込んだ。
    繊細そうな側面や、彼のシャイな笑顔も大好きだった。

    そしてマイケル・ジャクソン全盛期の80年代、ロスアンジェルスに住み始めた私の回りには、ジャクソン家と知り合いだという人が増えていった。

    姉ラトーヤを日本のコマーシャルに起用していた日本人プロデューサーと知り合った。
    マイケル・ジャクソンの父親ジョセフと一緒に会社を経営する元シンガーの黒人男性と友達になった。
    親友の日本人男性は、マイケルの元彼女だという黒人女性とデートした。
    彼等の従兄弟でジャクソン家のガードマンだという男性もいた。
    友達のイタリア系アメリカ人男性は、マイケル・ジャクソンの家を訪問したときのエピソードを話した。
    マイケルの車の座席にヌイグルミが山積みされていた。それを彼に見られたマイケルはすごく恥ずかしそうに赤面した。

    そんな人たちが回りにいたからか、私もいつかマイケルに会う機会があるかもしれないと感じていた。
    なにしろ私と一緒にアメリカ留学した親友の日本人女性は、マイケル・ジャクソンのアルバム「オフ・ザ・ウォール」や「スリラー」でペースを弾いているベーシスト、ルイス・ジョンソンと結婚したのだ。


    兄弟デュオ「ブラザーズ・ジョンソン」/右がベーシストのルイス・ジョンソン


    ある日、その親友が電話してきた。
    「いまねー、私の7メートル先にマイケル・ジャクソンがいるのよ~」

    え、えっー! 私は電話線にしがみついた。この電話線の先にマイケルがいる!

    「なんかダンスのステップを練習しているわよ。黄色いボウタイをしていて、青い‥‥」と、彼の服装をすごい色の組み合わせで描写する彼女。

    その彼女とルイスさんの家には、マイケルがルイスさんに贈ったという“オフ・ザ・ウォール”の煉瓦のオブジェ(マイケルのメッセージ入り)もあった。

    マイケルのヒット曲「今夜はドント・ストップ」や「ビリー・ジーン」でも、このルイスさんのファンキーなベースが光っている。
    ルイスさんは「ストンプ」などのヒット曲を生み出した兄弟デュオ「ザ・ブラザーズ・ジョンソン」のメンバーとして知られる腕の良いミュージシャンで、とても優しい人だ。

    車社会のLAで車も買えない貧困生活を送っていた私を心配し、車をプレゼントしようと親友に言い出すほど良い人だった。
    拒否すると、それでは一緒に曲を書こう、そうやって儲けられるかもしれない、などと提案してくれる素晴らしい友人だった。

    彼等のおかげで、私はジャズ・ミュージシャンのジョージ・デュークと一緒に躍るという体験もできたし、歌手スティーヴィー・ニックスのレコーディング場も訪問した。

    そして、彼等は私のためにマイケル・ジャクソンにサインを頼んでくれたのだ!


    マイケル・ジャクソンが80年代にサインした直筆/Photo:「Captain EO」


    大喜びで彼の直筆を拝んだ途端、私の頭にはハテナマークが浮かんだ。
    私の名前の上には、1998という数字が書かれている。
    サインをもらったのは、1984年か85年頃のことだ。
    80年代に、なぜ、マイケルは未来の年「1998」とサインしたのか?

    ルイスさんに聞いても「わからない。マイケルは浮世離れしているからね」と、首をかしげて、にっこり笑うばかりだった。

    これは何かのサインだ。これは何かの予言に違いない!
    「ラブ、マイケル・ジャクソン、ユカ、1998‥!」
    サインを読みながら私は考えた。
    もしかして、マイケル・ジャクソンはユカ(私)と1998年にラブ、つまり結婚するという予言!?
    己知らずの私は、そんなすごい妄想に浸ってニンマリした。

    だが、その後、マイケルの容姿はどんどん変になっていった。
    地球から離れた所へ行ってしまった宇宙人のようで、こりゃ、普通の地球人が結婚するような相手じゃない。
    あんなにハンサムな顔を持って生まれた人なのに。
    愛をいっぱい持って生まれたのに。

    コンプレックスは自分を傷つけてしまう。痛いよ、マイケル。
    小さい頃から仕事を要求されて子供時代を知らずに育ったからかもしれないし、
    親からコンプレックスを与えられたからなのかもしれない。

    私が聞いた話で一番ショックだったのは、子供のときのハイトーンの可愛い声が変声期に変らないように、彼は女性ホルモンを定期的に打っているというエピソードだった。
    芸術のため、自然な体の進化さえ阻止しなくてはならなかったなんて。
    これが真実ならば、本当に気の毒だ。

    彼の音楽とダンスに感動させられ、ワクワクした気持ちなる。そして、その歌声の奥にある哀愁に心が痛む。

    マイケルに会いたかった。彼を抱きしめたかった。
    でも結局、私はマイケル・ジャクソンには会えなかった。

    彼が2009年に亡くなってから、あのサインの1998という数字が気になってインターネットで調べてみた。
    すると、私以外にも80年代に1998と書かれたサインをもらった人がいることが分かった。
    一説によると、マイケルはその年に自分が死ぬと思っていたらしい。彼は本当に40歳になる年に死ぬと予測していたのだろうか?
    真相はいまとなっては永遠にミステリーだ。

    実際には1998年に何がおきたか? 

    マイケルは来日を果たし、私はマイケルと結婚しなかった。
    でもその年、私は子供を生んだ。


    Copyright: 2010 Yuka Azuma / あずまゆか

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