アメリカで、猫を飼う。 No.5 『わが家のアダプション<その5>』
March 1st, 2010 by Bliss Appledore
シェルターでの登録が済んで約1ヶ月後、シェルターから「条件に合う仔猫が入所した」旨のメールを貰った。
ちょうどその日もまた、シェルターのパブリック・オープン(注1)の日だったので、夕方から始まるそれに合わせて、パートナーと仔猫を見に行った。
受付で登録済みであること、仔猫が入所した旨のメールを貰ったことなどを伝え、担当者が来るまで、しばらく待つことになった。
壁には、このシェルターの歴史を表す「創始者の写真と簡単なストーリー」のディスプレイや、ここから猫をアダプションした家族が「自家のヤードセール(注2)で稼いだお金を全額寄付したことを称える写真」などが、ところ狭しと貼ってあった。
近隣の小中学校のイベントで、ここへの寄付を目的にしてベイクセール(注3)をやることもあるらしい。
高校生のボランティアの受け入れも、授業の一環として実施されているようだ。
ローカルチャンネルでCMを打っていたり、定期的に地域と交流するためのイベントを開催しているこのシェルターは、地元にかなり根づいている…ということがわかる。
やがて担当の女性が現れ、お互いに挨拶をした後で、シェルターの内部へ案内された。
動物臭はほとんどしない。
受付の先にある部屋では、何台もの洗濯機と乾燥機が音を立てて回っている。
棚には大量の洗濯洗剤にブリーチ類があり、清潔感にはかなり気を使っていると思われる。
スタッフがてきぱきと働く横を通り過ぎて入った細長い廊下には、小さめのベッドルームくらいの部屋が、廊下の両側に続いていた。
全部で10部屋はあるだろうか。
そこが猫の居住区だそうだ。
ケージが入っている部屋には扉がないが、ケージがない部屋にはドアの下半分だけをつけてあり(大人ならば、上から中を覗くことができる)、中に猫用の家具や敷物を置いた状態になっていた。
扉のない「ケージの部屋」の入り口から見えるケージのひとつずつは、特に大きな猫でもない限り、かなり余裕があるサイズだ。
わたしが会う予定の仔猫は、ケージのある部屋にいた。
スタッフの話によると、その仔猫の母猫もまた、一緒の部屋に居るという。
部屋の前には、消毒薬を染み込ませた、バスマット程の大きさの雑巾があり、それを足ふきマットがわりにして靴底を消毒してから、中に入るようになっていた。
「面倒くさいだろうけど、お願いね」、とスタッフに促され、わたしたちもかの女のように足をぬぐってから、部屋に入った。
夜間だったために天井の蛍光灯が点いていたが、ドアの真正面に大きな窓がひとつあるので、昼間は日光がよく入るだろう。
部屋の中には縦3つ、横5つくらいのケージが入っており、反対の壁際には小さな机と、ケア用の物品が少し置かれている。
その中にはラジオがひとつあり、小さな音で地元FM局の番組が流れていた。
人間の話し声に慣れてもらうための策なのかもしれない。
その部屋では、ケージの最下段は使われておらず、中段と上段のどれかひとつずつに1匹の形で、全部で5〜6匹の猫が暮らしているようだった。
扉にはクリップボードがかかっており、そこに挟んである書類で、中に居る猫の写真と仮の名前、シェルターに来た経緯や特徴などがわかるようになっている。
「ご希望の男の子よ。ちょっとシャイだけど、きっと、すぐに慣れるわ。」
…と案内された仔猫は、中段の真ん中あたりのケージに居た。
スタッフがケージの扉を開け、中に居る仔猫をそっと捕まえて渡してくれた。
わたしが仔猫を抱っこしたのは前の猫の時以来だから、13年ぶりということになる。

真っ黒な仔猫だ。
長い尻尾に細い体。
もう目の色が変わってしまっているので、3ヶ月以上だろうか。
金色の目を見開いた仔猫は、わたしに抱っこされた途端、するっと腕を抜けて肩口へ登った。
「ああ、ずっとケージに居るから、外で遊びたいんだろうな。」
と思うわたしを他所に、仔猫はわたしの肩を歩き、肩口に後ろ足で立って、わたしの頭に抱きついた。
そこで、何故かかれはわたしの頭頂部あたりを一生懸命、毛づくろいし始めた。
小さな舌で丁寧に舐めている動きが、頭皮を通して伝わってくる。
パートナーがハウス・トレーニング(注4)が出来ているかどうか、病気の有無、予防接種、去勢のことなどをスタッフと質疑応答しているのを聞きながら、わたしはずっと、仔猫に毛づくろいされていた。
しばらく経って毛づくろいに飽きたのか、肩口に座り直した仔猫は、今度はわたしの頬に顔を寄せて、そっとキスした。
濡れた鼻をぺとっと押し付けた「猫キス」のあとは、小さな舌で頬を舐め回された。
「まあ、この子がそんなに積極的だなんて! 人間にはとてもシャイなのよ?」
スタッフも本気で驚いている。
ずっと肩口にいる仔猫は、パートナーにも頭を撫でてもらって、喉を軽く鳴らすくらいにご機嫌のようだ。
わたしはもう、この時点で、この仔猫をアダプションすることを決めていた。
やがて、スタッフは仔猫をそっと引き取り、元のケージに戻した。
仔猫は「どうして引き離すの?」と言わんばかりに、扉にしがみついてこっちを見つめ続けている。
同じ列のケージにかれの妹、上の列のケージにかれのお母さんがいた。
お母さんは鉢割れの白黒猫で、小さな猫だった。かの女はまだ1歳にもならないのに、子供を産んだのだという。
既に避妊手術をされているので、あの仔猫は、かの女の最初で最後の子供…ということになる。
一通りの話を聞いてから、パートナーに意志の一致を確認し、わたしは「この仔猫をアダプションします」とスタッフに伝えた。
わたしが勢いで言っているとでも思ったのか(仔猫を実際に見てしまうと、興奮のためにそうなってしまう人は多いようだ)、「あら、今すぐ決めなくてもいいのよ?」と、スタッフはなだめてくれたが、わたしの気持ちは決まっていた。
「ありがとう、でも、この子に決めます。」
と、はっきり言うと、かの女もこちらの意志の強さを理解してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。
ただし、今日はパブリック・オープンのために、スタッフはボランティアばかりで、アダプションの正式受付ができる団体職員が居ないのだという。
「明日なら誰かが居るから、手続きに来てくれる?」と、スタッフは申し訳なさそうに言った。
「明日、必ず来ますから、この子はそれまでホールド(仮おさえ)してもらえますか?」とお願いし、ケージにかかっているクリップボードに「ホールド済み」のポストイットを貼るところまで、しっかり確認させて貰った。
以前あった、ロングアイランドのシェルターでの事件(注5)を、繰り返したくないからだ。
真っ黒な仔猫はまだ、扉の前でわたしを見つめていた。

これがクリップボードと確認用のメモ(プライバシー保護のために氏名を消してある)。
「Pogo」は、この仔猫のシェルターでの名前だ。
これはそのまま使うこともできるし、変更することもできる。
しかしながら、成猫の場合、そのままの名前を継続する方が好ましいと思う。
家に戻ったわたしは、更に念押しするように、「わたしは本気でアダプションを考えているから、明日必ず手続きに行くので、確実にホールドしておいてくれ」…という内容のレターをシェルターにファックスした。
とうとう、仔猫がやって来る。
あの日、心に出来た穴が、埋まり始める時が来るのだ。
注1:事前にアポイントメントを取らなくても、直接シェルターを訊ねることが出来る、一般公開日。そのシェルターに登録済みであれば、すぐに動物と会うこともできる。
注2:自宅のガレージや庭先を使い、古着や使っていない家電・家具などの不用品を売るイベント。販売は家族や友人が総出で行って大掃除のシーズンや引越前などに行われる。自主的なフリーマーケットのようなもの。
注3:家族から募った自家製のクッキーやケーキなどを他の生徒達に販売することで、活動資金や寄付金を集めるイベント。
注4:トイレ、爪とぎなど、屋内で生活するためのしつけのこと。
注5:「その2」でお伝えした事件。














