No.14 必見! まるで音楽の無いイタリアンオペラで「ガラスの仮面」な『A View From the Bridge』
March 1st, 2010 by Lil Akim
ひそかに「アメリカの北島マヤオ」と呼んでいる俳優がいる。
去年の夏、ヒュー・ジャックマン主演の『ウルヴァリン:X-Men Zero』でウルヴァリンの兄貴を演じたあの俳優、リーヴ・シュレイバーのことだ。
彼のことをそう呼ぶようになったのは、ブロードウェイでリバイバル上演されたデイヴィッド・マメットの『グレンギャリー・グレン・ロス』を観た2005年の夏からだ。芝居とは思えないリアルさをキャラクターに与えつつ、劇場の隅々まで到達する存在感を放つシュレイバーの力量に圧倒され、そこに北島マヤを見たのである。
2年後に観た別の芝居『トーク・ラジオ』でもシュレイバーは期待を裏切らなかった。
その彼が今ブロードウェイで、アーサー・ミラーの『橋からの眺め』でエディ・カルボーンを演じている。
これを見逃す手は無い。

舞台は1950年代のニューヨーク、ブルックリン。(注1)
タイトルの「橋」とはブルックリン・ブリッジのことだ。その下のイタリア系移民が多く住む地域で暮らす港湾労働者のエディは、妻ベアトリスとともに、両親を亡くして孤児となった姪のキャサリンを手塩にかけて育て上げた。
そこに、ベアトリスの従兄弟であるマルコとロドルフォ兄弟が、不景気で仕事の無いイタリアから仕事を求めて密入国してやってくる。
同じような苦労を経てアメリカに渡り根付いてきたイタリア系移民にとって、密入国者を匿い助けてやるのは名誉あることだ。逆に密入国者を移民局に密告することほど人間として軽蔑される行為はない。イタリアで飢える妻子に仕送りするマルコと、アメリカでの新生活に希望を抱くロドルフォを、エディは家に匿ってやる。
ところが、エディは自分でも気付かないうちに、キャサリンに対して保護者としての愛情以上のものを抱き、執着するようになっていた。そして、キャサリンがロドルフォと親密になるにつれ嫉妬心を燃やす。
押さえられない激情と、それでもそれを押さえつけようとする理性の狭間で揺れ動き、葛藤しながら悲劇の結末へと突き進んでいく主人公エディを演じるのがお待ちかねのシュレイバーだ。
そして、キャサリンを演じているのはこれがブロードウェイ・デビューとなるスカーレット・ヨハンソン。(注2)

PHOTO : Joan Marcus
ここで正直に言おう。
最初にこのキャスティングを聞いたとき、わたしは作品の出来におおいに不安を覚えた。
果たして、ヨハンソンにシュレイバーの相手役ができるのか?
過去にブロードウェイの舞台に挑戦し、舞台上で所在なさげな姿をあらわにしたハリウッドスターの顔が脳裏に浮かんでは消える。
デンゼル・ワシントン。ジュリア・ロバーツ。ジュリアン・ムーア。
力量が違いすぎてヨハンソンはシュレイバーの芝居に喰われてしまい、舞台女優としては再起不能になるのではあるまいか?
ところが、嬉しいことにわたしの心配は取り越し苦労に終わった。
ヨハンソンは、自分が舞台の上でどう動いて良いのかわからないスターの一人ではないことをあっさり証明して見せたのだ。
実際にヨハンソンに会った友人が話していたが、彼女は「10メートル離れていても届いてくるムンムンした色気」を放出するらしい。
しかし、舞台でのヨハンソンは、大人の女性としてどう振る舞えば良いのか知らず、自分がかもし出す清らかな色気に気付いていない可憐な17歳の少女であり、おじエディの束縛から逃れて自立を試みる一人の女性でしかない。そして、北島マヤオのシュレイバーと舞台上で堂々とわたり合うのである。
もう一度正直に言うが、これにはかなり驚かされた。
そして、シュレイバーと堂々と対決する女優がもう一人いる。
エディの妻ベアトリスを演じるジェシカ・ヘクトだ。
さすが、映画『サイドウェイ』でマイルズの元妻を演じ、幸薄そう感をただよわせるのが上手いブロードウェイ常連の舞台女優だけのことはあり、夫の心の中で何が起こっているのか夫よりも先に気付き、夫の心の進行方向を修正しようと努力する妻を哀しく演じていて唸らせるのだ。
期待を裏切らないリーヴ・シュレイバーは、ここでも存分にその才能を見せつけ、わずかな仕草や表情でエディの心の葛藤を観客に伝える。その姿はまるで火がついているのを知らない炭火を見ているかのようで、決して消えることのない火を心中でくすぶらせ、時にそれを燃え上がらせ、時に煙を出し、周りの者をその火にからめてしまって悲劇の奈落の底に落ちて行くのだ。
また、キャストの素晴らしい演技をさらに引き立てるのが、テナメントが立ち並ぶブルックリンの街を見事に見せたその舞台美術と照明、そして衣装だろう。
特にその舞台美術の美しさには目を見張るものがある。

PHOTO : Joan Marcus
それらが、あきらめねばならない愛、嫉妬、密告、決闘、殺人といったオペラ的なキーワードを含んだ物語をよりオペラ的に見せ、芝居を見終わった後に、フランコ・ゼッフィレッリ演出版のマスカーニのオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』を思い起こさせさえするのである。
たぶん、この芝居で『カヴァレリア・ルスティカーナ』の有名な間奏曲に当たるのは、キャスト達の調和のとれた演技ではないだろうか。
ただ、唯一残念だったのが、キャサリンが恋に落ちるイタリアからの密入国者、ロドルフォの頭だ。
劇中何度も”He’s blond!”という台詞が登場するだけあり、ロドルフォがブロンドであることはキャラクターとしても重要なポイントだ。しかし、モーガン・スペクター演じるロドルフォの頭は、どうしても慌てて洗面所で脱色した黒髪にしか見えず、偽物臭さとオキシドール臭さがプンプンただようのである。
そのせいで、ロドルフォが唄ったり踊ったり、料理をしたりドレスを作ったりすることを指摘して、「奴は変だ!(ゲイだ!)」とキャサリンの恋心を削ごうとするエディに、あの金髪が偽物だと指摘した方が効果的だとアドバイスしたくてたまらなくなる。
しかし、安っぽい金髪のかつらひとつくらいでこの作品を汚すのは無理というもの。
『橋からの眺め』が、今、ブロードウェイで一番見るべきストレートプレイであることは間違いがない。
リーヴ・シュレイバーの北島マヤ度:★★★★★
スカーレット・ヨハンソンの美少女姫川亜弓度:★★★★
ジェシカ・ヘクトの美少女でない姫川亜弓度:★★★★
観劇後に頭の中でオペラが鳴り響く度:★★★★★
チケットに払ってもよい金額:121.50ドル(フルプライス)
注1)芝居は、実際にエディのモデルとなる人物を知っていた人間からミラーが直接聞いた実話が元になっているという。
同じく実話を元に港湾労働者の告発を描いた映画に、エリア・カザンの『波止場』がある。
ミラーの『みんな我が子』や『セールスマンの死』の舞台演出をし、ミラーや作品にトニー賞をもたらした舞台演出家で映画監督のエリア・カザンは、ミラーとも仲が良かった。しかし、1952年にカザンが下院非米活動調査委員会で仲間を告発して以来、二人の仲は変わる。
ミラーはマッカーシズムに対する批判を込めて魔女狩りを題材にした『るつぼ』を書き、カザンは告発者としての自分の立場を擁護するかのように映画『波止場』を作る。
そして『波止場』に込められたカザンのメッセージに対するミラーの応えが、この『橋からの眺め』である。
注2)今から12年前、ブロードウェイでリバイバル上演された『橋からの眺め』を観たヨハンソンは、いつか自分もキャサリンを演じたいと願っていたそうだ。
マイケル・メイヤーが演出し、トニー賞リバイバル・プレイ部門の作品賞を受賞したそのプロダクションでキャサリンを演じたのは、去年末に急逝したブリタニー・マーフィー。そして、エディを演じてトニー賞に輝いたのは、人気テレビシリーズ『Without A Trace/FBI 失踪者を追え!』でおなじみのアンソニー・ラパリア。
このラパリアとヨハンソン、フランシス・マクドーマンドの共演で、『橋からの眺め』が映画化されると発表されたのは2005年2月だったが、残念ながらこの企画は頓挫し、ヨハンソンは5年後にようやく念願のキャサリン役を演じることができた。
“A View From the Bridge”<2010年4月4日までの限定公演>
劇場:Cort Theater
138 West 48th Street (Bet. 7th & 6th Avenues)
オフィシャルサイト: http://www.aviewfromthebridgeonbroadway.com/
Rush Ticket:有り
2月23日から当日のラッシュ・チケットの販売が始まった。
但し、立ち見はオーケストラではなくメザニン。
お値段は$26.50。1人2枚まで購入可能。
チケットは、月~土曜は朝10時より、日曜は正午よりボックスオフィスにて販売開始。枚数限定の早い者勝ち。
パフォーマンススケジュール:火 午後7時/木・金 午後8時/水・土 午後2時&8時/日 午後3時














