冬期五輪 フィギュアスケート:華はどこへ行った
March 1st, 2010 by Natsu Furuichi
二月が終わるとともに幕をおろした今年のバンクーバーオリンピック。ハイライトはなんと言っても、日本勢が奮闘したフィギュアスケートだった。
数ある冬期オリンピック競技のなかで、最も注目を集めるのがフィギュアスケートである。また、最もスポーツ競技のくくりから外れていると批判されるのもこの競技である。
無理もない。
他の競技のアスリート達がストイックなボディースーツを身にまとい、結果が距離やスピード、またはゴールの数という形で判りやすく反映されるなか、
いい大人がスパンコールやシフォン姿で、技術点はまだしも芸術点たるものを競い合う。
思えば、フィギュア界は技術と芸術のバランスの狭間で葛藤し、進化してきた競技である。
私が初めてフィギュアスケートに感激したのは1984年のサラエボ、そして1988年のカルガリーの両オリンピックで金メダルをとった、旧東ドイツのカトリーナ・ヴィットだった。
当時毎日バレエに明け暮れていた小学生の私にとって、それはまさに氷上のバレエだった。
スポーツに興味のないわたしでも楽しめるオリンピック競技がここにあったのだ。とにかく観ていて美しい。彼女は憧れの女性となった。

そもそも、フィギュアが人一倍観客を引き寄せる要素はその美しさにあるのではないのか。
確かにその要素こそが最もスポーツとして計りがたく、先に述べた批判を受ける部分なのだ。しかし、その主観的でそれ故に曖昧となる部分こそが、観る者を魅了して止まない要素でもあるのではないだろうか。
少なくとも私はその考えで満足していた。
けれど、それでは納得のいかないスケーターもいる。スケートの美しさ、表現力ではどうしても叶わない選手達である。
ついにその選手は1992年のアルベールビル・オリンピックで反撃に出た。日本女子代表の伊藤みどりだ。

伊藤選手は、女子のフィギュアスケート史上初で、技術で男子に並ぶトリプルアクセル(三回転半ジャンプ)を飛ぶことによって、それまで必須とされていた美しいスケーティングの常識を覆したのである。
その年、私は迷わずアメリカ代表でしかし皮肉にも日系人のクリスティー・ヤマグチに魅了されていた。

伊藤選手のトリプルアクセルはなくとも、誇るべき技術と美しさと女性らしさを兼ね備えた彼女は、やはり伊藤選手をおさえて金メダルを獲得した。
だが、その隣で銀メダルを手にした伊藤選手は、この時点でまぎれもなくフィギュア界にテロリズムをおこしたのである。
その証拠に、続く1994年のリレハンメル・オリンピックでは女子フィギュアの表彰台のてっぺんから、「女らしい」、「美しい」と言う形容詞が消えてしまった。
当時奇麗なスケーティングで評判だった、アメリカのナンシー・ケリガンは二位。表彰台の一番上に立ったのは、わずか16歳のウクライナ出身の少女オクサナ・バイウルだった。

彼女は細身の手足で妖精のようにすばしっこく、ジャンプの精度も高い。けれど、その年の彼女の滑りを果たしてどれだけの人が記憶しているだろうか。
記憶に残ると言えば、1998年にフィギュア界のスターだったミシェル・クワンだ。

彼女こそ、私が欲していた女性らしさと美しさを、まだ17歳という若さにそぐわない大人の魅力で見事に表現したスケーターだった。「彼女はこのオリンピックで金メダルを治め、歴史に残る名フィギュアスケーターになる」世界中の誰もがそう信じた。
しかしどうだろう。
大本命にふさわしく、ノーミスかつ情感あふれる演技に観客から感動のため息がもれるプログラムを滑りきったクワンは、同じくアメリカ代表で最年少(15歳)のタラ・リピンスキーの三回転・三回転のコンビネーションジャンプの前に敗れたのである。
もはや、十年以上も前に私を引き込み、四年ごとにテレビにかじりつかせた氷上の華をたたえる時代は終わったのだろうか。

その後、2002年ソルトレーク・シティー、2006年トリノと続いたが、いずれもスケーティングよりも、本命の失敗による予想外の展開に勝負の怖さを実感させられた年だ。
ことトリノに関しては、私も日本人の端くれとして日本人初のフィギュア金メダリストに誇りを感じながらも、本来なら大本命であるはずの浅田真央を欠いた舞台にはむなしさを感じた。
だからこそ、今年バンクーバーでの勝負の行方は 興味深いものがあった。
メディアが取り上げずにはいられない韓国のキム・ヨナと日本の浅田真央の対決である。
前者は高度なテクニックとそれのみをむやみに感じさせない豊かな表現力を武器に、そして後者は天性のスケーティングセンスと伊藤みどり以来誰もオリンピックで成功させていないトリプルアクセルという切り札を持って勝負に望んだ。
伊藤選手がオリンピックであの運命のトリプルアクセルを飛んだのが18年前。

浅田真央はその伊藤選手に憧れてこれまで練習してきたと言うだけあって、トリプルアクセルを含めジャンプに焦点をあてた厳かなプログラムを組んでいる。
下手をすれば、男子シングルスでも通用するのではと思わせるほどヘビーで力強い。
<浅田真央の演技>
一方キム・ヨナは、自身がまだ幼稚園時代より憧れ、スケートをはじめるきっかけとなった存在がミシェル・クワンだ。
彼女のプログラムは、特有のスピードと可憐さ、柔らかさを生かし、採点者だけでなく観客へのアピールをも意識したもの。

宿命のライバルと言われる同じ19歳の二人が目指す、対照的なスケーティングスタイル。新しい採点法のもとでも、やはりかつての華やかさは戻ってこないのか。
結果は、浅田選手のフリーでのミスもありキム・ヨナの圧勝だった。
浅田選手が憧れ、目標としていた伊藤みどりのトリプルアクセルの記録を敗るという歴史的快挙を遂げたにも関わらず。
浅田選手に肩入れしていた私も、どこか心の奥底でかつてのクワンの雪辱が晴らされた気が少なからずあった。
<キム・ヨナの演技>
奇妙なことに、これまで女子以上に技術(ジャンプ)重視に傾いていた男子フィギュアでも同じ疑問が上がっていた。

既にトリノで四回転ジャンプを決め、金メダルを獲得していたロシアのエフゲニー・プルシェンコが、優勝に必須とされていたこの技を今回も同じく決めたにも関わらず、より完成度が高く、滑りの安定したアメリカのエバン・ライサチェックに敗れたのである。

けれど、浅田選手にしろ、プルシェンコにしろ、面白いのは彼らが決してジャンプだけのスケーターではないということだ。二人は、まぎれもなく天性のスケーティングセンスと華やかさを持ち合わせている。
これらは決して努力して得られるものではない。かつてのヴィットやクワンがそうであったように。
四年後、浅田選手は20代に突入している。
彼女が再びオリンピックに挑戦することがあるとすれば、その時こそはぜひ男勝りなプログラムよりも、本来の明るさと軽やかさを生かした華やかな女性の滑りを期待したい。














