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  • ドラマツルギーのお手本『善き人のためのソナタ』

    April 23rd, 2007 by Eri Kurobe

    邦題は「善き人のためのソナタ」
    英語版は「Lives of Others」で公開されました。

    アカデミー賞外国語映画賞をゲットした、泣かせ映画の決定版です。

    きちんとツボを押さえて泣かせるようにつくってありますから、泣けますよ、まじ。
    わたしはラストでダダ泣きでした。

    舞台背景は、ベルリンの壁が崩壊する5年前の旧東ドイツ。
    秘密警察シュタージのゲルドは、上司の命令により、劇作家ドライマンと恋人の女優クリスタのアパートメントを盗聴することに。
    上司の出世のために、ドライマンが反体制主義者である証拠をつかむようにと指示されるのですが……。

    静かな演出で、だんだんと盛り上げていく構成。
    わたしはドラマツルギーのお手本のような脚本だと思いました。

    主人公である盗聴者のゲルドは、頭から最後までキャラクターに一貫性があって、「私利私欲のない」「生真面目な」人物として描かれています。

    で、この国家に対して忠実な人物が、あるきっかけで、がらりと生き方が変わり、映画の始めと終わりではまったく違う人生を歩んでいる。

    映画の始まりと終わりで、主人公の生き様が変わっているのをドラマツルギーと呼ぶのであって、主人公になんら変化がなければ、それはドラマと呼ばないのだよね。

    ええと、以下けっこうネタばれが含まれているので、お気をつけて。なるべく知りたくない方は、ここで引き返してくださいね。

    さて盗聴される側の劇作家とその恋人はどうかといえば、これがうらやましくなるような暮らしぶり。
    だってふつうのカップルの会話を盗聴するとしたら、
    「あ、歯磨き粉が切れてる」とか
    「ちょっとー。脱いだ靴下、そこらへんにおいとかないでよ」とか
    「やべー。洗濯ものがたまってんなー」とか。
    「きょうのおかず、なに?」
    みたいな、どうでもいい会話がほとんどになるはずで、盗聴しているほうも嫌気がさすと思うんですよ。

    ところがこの劇作家と女優のカップルは芸術について語り、思想について語り、愛について語り、ピアノを弾くという、じつに高尚なふたりで、彼は深い愛で女優を包んでいるのですね。
    こんな知的でりっぱでいい男がいるのか、とふしぎになるほど、理想的な男性です。
    もういつ盗聴盗撮されても恥ずかしいことがないくらい、すばらしい。ニックとジェシカにも見習って欲しかったものです。

    いっぽう盗聴者であるゲルドのほうは、職務には忠実で有能ながら、孤独な暮らしをしています。
    いつも同じ服を着こんで、殺風景でなにもないアパートメントにひとり暮らしをしていて、家族もいなければ、恋人もいない。ときどき娼婦を呼んで、性欲を解消するだけ。

    食事がまた東ドイツらしいというか、すごく貧しいんですよ。ゲルドは職員食堂では豆のスープを食べ、マッシュポテトにケチャップをかけただけの夕飯ですませていて、じつに味気ない。

    そうした潤いのない生活をしている人物が、真摯に思想や芸術について語り、友情に恵まれ、深い絆で結ばれたカップルの暮らしを盗聴しているうちに、心がゆれうごいていくわけですね。

    ここで「他人の幸福に嫉妬してハラスメントする」としたら、ホラー映画になるところですが、この映画では、ゲルドの魂にある善きものに光を当てていきます。

    このゲルド役の役者さんがすばらしい。
    感情を抑えた演技をしながら、だんだんと心が揺れ、そして重大な決意をしていく、その心の揺れが、沈着冷静な殻を破って現れてしまうのを、じつによく表現しているんですよ。

    この世には必ずしも報われない「善き人」が多く存在するものですが、この映画のエンディングは、そうした名もない市井の善き人たちに対する温かな励ましになっているのではないでしょうか。

    そしてまた芸術というものに対する、いまどきめずらしいポジティブな回答になっています。

    美しいピアノの曲がだれかの人生を変えることもある。
    芸術というのは、本来ひとの魂の善き部分に訴えかけるものなのではないか、ということを思い出させてくれます。

    最後のセリフがまた美しい。
    とても簡単なことばにこめられた万感の想い。
    心にのこる締めのセリフをぜひ聴いてみてください。


    心にしみる度 ★★★★★


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