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  • No.9 体当たりウイリアムズバーグライフ

    August 2nd, 2010 by Arisa Suda

    ハンバーグ、ブルーンバーグ、に次いで!?
    知らなきゃニューヨーカーじゃないというくらいポピュラーな名前となったウイリアムズバーグ。

    食べ物の名前でも政治家の名前でもなく、イーストヴィレッジとイーストリバーをはさんで対岸にある、ブルックリンの下北沢のようなキュートな街。ベッドフォードアベニューがメインストリートだ。

    あたしがウイリアムズバーグに引っ越したのは、2003年の1月。
    ニューヨークへ渡って3週間目のことだった。ニューヨークで知り合ったローカル友達に連れられ、初めてマンハッタンから出たところがウイリアムズバーグ。一晩のバーホッピングですっかり気に入ってしまった。

    いきなり決意。

    「絶対に!!ウイリアムズバーグの住人になるっ!!」

    翌日には掲示板の空き部屋広告を漁りロフトを見つけ、ものすごいスピードで引っ越し完了。
    めでたくウイリアムズバーグの住人となった。


    PHOTO : Cory Doctorow


    当時のウイリアムズバーグは、すでにアーティスト村として知られてはいたけどまだまだ貧乏なアーティストがごろごろしているフレンドリーなローカル村だった。
    どこから仕入れてきたのか、ブランド物の洋服やサングラスのサンプルが道端でびっくりするほど安く売られていたり、元ショーモデルという噂のホームレスもどきのおばちゃんがナップザックに入ったかわいい洋服を売りつけてきたり。

    道端に止まっている車はおんぼろ、ピカピカのコンバースで歩くのが恥ずかしくてわざと汚したくなるようなそんな街だった。

    週末はあちこちでよくわからないパーティが開催される。元々倉庫街なだけに、こんな大きなハコがあったの?とおったまげる体育館のようなハコが突然ヘンテコパーティ会場になって、何百人もの若者がギュウギュウになって踊っていたりする。

    ちょっと成功した大きなスタジオを持っているアーティストがいれば、そこは確実にプライベートパーティ会場に。

    そしてこういうプライベートパーティはアンダーグラウンドなので、オーナーを知る友達にたまたま誘われたりしなければもぐりこむことはできない。

    そう、粋にウイリアムズバーグを楽しむというのは、意外と難しい。

    あたしたち移民にとってウイリアムズバーグをマスターするというのはまた別のミッション。

    ウォールストリートでガッツリ稼ぐのがステレオタイプのアメリカンドリームとすれば、そういう資本主義社会の餌食になることをダサいとしたアーティーな世界を体験することもまたあたしのニューヨークライフの大きな挑戦だった。

    古くからウイリアムズバーグに住む彼らは、刺激的で楽しい、けど生活は辛い、そんなニューヨークのアーティストライフを同じ境遇のアーティストとつるむことで連帯感を感じて生きてきた。

    いつでも知り合いに会える居心地のいいカフェやバーがあり、自分でビールを持ち込める手ごろなレストランがあり、失業したらいつでも転がり込める友達のロフトがあった。


    PHOTO : Gideon Tsang


    それから数年、ウイリアムズバーグは変わった。めまぐるしいくらいの変化を遂げた。

    というあたしもニューヨークを離れてしまったのでここ最近のことは知らないが、それでも、あたしが見届けた限りでも相当変わった。

    まず、家賃の高騰。

    これで変わるのは住人のカラー。

    家賃が払えなくなった貧乏アーティストがブルックリンの奥地へと流出し、住み始めたのは小金持ちのヒップな若者たち。

    安くて美味しくて大人数で押しかけられるナイトクラブのようなタイレストラン「SEA」は、ぼろぼろのカーペンターパンツをはいたペインター(自称画家、本業ペンキ塗り)ではなくNYUなどのお金持ち学生が行列を作るお店となり、ストリートには週末をウイリアムズバーグで過ごすマンハッタン住民のBMWが並ぶようになった。(メニューは一皿10ドルのタイカレーとかなのに!)

    びっくり!!

    私はアーティストでもなんでもなかったが貧乏だったので、貧乏アーティストよりの目線でこの変化を捉えていた。

    この街の変化に戸惑いながらもたまたま住んだところがヒップなエリアだったことをちょっと誇りに思い、つかの間のウイリアムズバーグ生活を大いに楽しんでいた。

    そんなある日、とうとう自分にも変化の波はやっていた。
    大家が、安いレントでロフトを借りているあたしたちに難癖をつけて追い出そうとし始めたのだ。あたしたちをとっとと追い出し新しいテナントを入れれば家賃は倍増!うっしっし、ってなわけだ。

    そうは問屋が卸さないわ!

    それから熾烈な戦いが始まる。

    毎朝大家に呼び止められ、オフィスに拉致され脅され泣かされたあとにはやさしくなだめられ、ルームメイトを追い出す共犯者に仕立て上げようとされ、このままでは新しい仕事に差支えが出てくると判断したあたしはとうとうここでの生活に見切りをつけた。

    ニューヨークに来たばかりのあたしをやさしく迎え入れてくれたルームメイトのミランダ。

    新しいシーツにくるまって起きた初めての朝。

    大きな窓からさんさんと差し込む光。

    ミランダと一緒にペンキ塗りした真っ白な壁。

    デートに迎えに来たボーイフレンドが見上げていた窓。

    イーストリバーの向こうに輝くマンハッタンの夜景。

    窓に小石を投げればいつでも出てきてくれる友達。

    あの街で過ごした数年を、あたしは一生忘れないだろう…。

    なんちゃってーーー!!!(照)

    さてさて、個人的な感傷に浸るのはこの辺にしておいて、ウイリアムズバーグという場所はここ数年ですでに日本人の間でもだいぶ有名になったのではないでしょうか。

    ニューヨークに遊びに行く方はシックなソーホーやトライベッカだけではなく、イーストリバーをひょいっとわたってファンキーなウイリアムズバーグに遊びに来てはいかが?

    いまや素敵なブティックやレストランがこぞって出店するトレンディ(死語)な街になっているはず。

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