No.17 愛の波にのまれるシアター体験!『Brief Encounter』
September 6th, 2010 by Lil Akim
小説や映画を原作にして作られた舞台を見ていると、原作に対する作り手の愛情をひしひしと感じることがある。
昨年末、ブルックリンのDUMBOにある昔のスパイス工場を改装した劇場、St. Ann’s Warehouseで見た『Brief Encounter』もその一つだ。
英国コーンウォールを本拠地とするシアターカンパニーのKneehigh Theatreが、ロンドン、サンフランシスコに続いて期間限定で上演した作品で、『Brief Encounter』というタイトルからおわかりのとおり、クラッシック映画『逢びき』を元に作られた芝居である。そして、映画『逢びき』は、1936年のノエル・カワードの一幕ものの戯曲『静物画』を映画化したもの。
Kneehigh Theatreの芸術監督を務め、本作の脚色、演出をしたエマ・ライスは、映画『逢びき』とノエル・カワードをこよなく愛しているのだろう。この作品を見ていると、彼女の愛情が波となってひたひたと足下に打ち寄せてくるのを感じる。
その波は芝居が進むにつれ次第に高くなり、力強い引き波となっていつしか見る者を客席から舞台の世界へとさらって行く。そして波に包まれた観客は、翻弄されながらもなんとも言えない心地よい感覚に陥るのだ。
そう、まるでこの物語の主人公、夫と2人の子どもに囲まれた幸せな家庭を持つ平凡な主婦ローラと、既婚者で医師のアレックが、突然道ならぬ恋の波に飲み込まれてしまったように。
その波が、今月とうとうブロードウェイに到達する。
9月10日からプレビュー、同月28日オープンの予定で上演されるのだ。

『逢びき』はデイヴィッド・リーンが監督した1945年の英国映画で、原作者のカワードが脚本を書き、製作した。
ロバート・クラスカーが撮影した白黒の美しい映像と、全編を流れるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が印象的ななんとも狂おしいロマンチックな映画で、わたしは特にオープニングが大好きだ。
物語の舞台となる駅を蒸気を吐き散らしながら汽車が通過する。
その映像に重なって「ターン、ダーン、ターン、ダーン」という鐘を思わせる重厚なピアノの和音が鳴り響く。
そしてその後、オーケストラが奏でるラフマニノフのドラマチックで官能的な旋律が続き、夫以外の男性を愛してしまったローラが、ことの始まりと終わりを夫に告白してゆくのだ。

映画『逢びき』のポスター
この映画は1946年に開催された第一回カンヌ国際映画祭で当時の最高賞であるグランプリを受賞し、アカデミー賞にも3部門でノミネートされた。製作されて65年を経た今でも数多くの人々から愛されている作品で、ラジオ劇やオペラにもなっている。
ビリー・ワイルダーがこの映画にインスパイアされて映画『アパートの鍵貸します』を作り、不倫する恋人達に逢瀬の場所を提供する男の物語をコミカル且つほろ苦く描いたのは有名な話。
ロバート・デニーロとメリル・ストリープ主演の1984年の映画『恋におちて』も、ニューヨーク郊外で暮らす既婚男女の恋愛を描いた物語で、『逢びき』を大いに意識して作られたものだ。
その『逢びき』を、映画の雰囲気を壊すことなく、新鮮で大胆な演出によって観客が新しいシアター体験ができるようモダンな舞台にしてみせたのがエマ・ライスの『Brief Encounter』。

PHOTO : Steve Tanner
この作品で何よりも特筆すべきは、この芝居が舞台であると同時に映画でもあるという点だろう。
わかりやすく言い換えれば、この作品を見た観客は、舞台を見ながらも映画を観ているような不思議な感覚になるということ。
そのために仕組まれた演出は非常に巧みだ。
劇場に到着した観客はまず、ホテルのベルボーイのような古めかしい衣装に身を包んだアッシャー達に出迎えられる。
彼らは楽器を演奏し、ノエル・カワードの書いた古めかしい軽快な曲を陽気に歌っている。
舞台にはこれまた古めかしい鮮やかな緋色の緞帳が垂れ下がり、木製のトレイを首からぶら下げた売り子が今にも「おせんにキャラメル、さきいかに酢昆布!」と大声を張り上げながら客席を縫うように売り歩きそうな雰囲気がただよう(しかも、実際にキャンディ売りは劇中に登場する)。
劇場が暗くなり、アッシャー達が手にした懐中電灯をぐるぐる回し始めると、舞台に現れたスクリーンになにやら白黒の映画が映し出される。
ふと気付くと、客席前方に座る30年代風の衣装に身を包んだ二人の男女が言い争いをしている。
二人は立ち上がり、男性と言い争っていた女性は舞台にのぼり、舞台上のスクリーンの中へと消えて行ってしまう。
と思ったら、女性の姿は2-Dの白黒と変化し、スクリーン上に現れるのだ。
そう。
主人公達は、舞台上に設置されたスクリーンに映し出される白黒で2-Dの映画の世界と、カラーで3-Dの舞台の世界を自由に行き来する。

PHOTO : Steve Tanner
スクリーンに映写されるのは、まるで映画『逢びき』のように白黒で撮影されたローラとアレックの映像と、彼らの内なる感情を象徴する映像。
それらが、舞台上で生身の人間達によって繰り広げる物語に沿って映し出され、揺れ動きながらも二人が恋の波に飲み込まれていく様子を、見る者の視覚に直接訴えながら描いていく。
そして、観客の意識から映画と舞台の境界をいとも簡単に消滅させ、劇場にいる者全てを映画『逢びき』の世界に連れて行ってしまうのである。
まるで波がさらっていくかのように。
それを助長するのは、ローラとアレックのテーマ曲と言っても過言ではない、水の流れを思い起こさずにはいられないラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の旋律。
しかし、この作品が描いているのは狂おしいローラとアレックの恋だけではない。
先ほどまでノエル・カワードの軽快な曲を歌っていたアッシャー達は、舞台上では駅で働く2組の男女に早変わりし、地に足ついたより自由な恋愛模様をコミカルに見せてくれるのだ。
ローラとアレックの道ならぬ恋と、駅で働く男女の自由な恋。
1930年代という時代を背景に、対照的に描かれた二つの恋を見せられた現代に生きるわたしは、己の心に従って生きることについて深く考え込んでしまった。
そして、さらわれた波から息も絶え絶えに生還したローラに、夫が告げるある言葉。
ラフマニノフのメロディと共に、それが耳に残って離れない。
Kneehigh Theatreの”Brief Encounter”ロンドン公演用プロモーション動画
他では得難いシアター体験度:★★★★★
演劇を観ているのか映画を観ているのか区別がつかなくなる度:★★★★★
波に飲み込まれる度:★★★★★
“Brief Encounter”
<2010年9月10日からプレビュー開始、同月28日オープン予定。12月5日までの限定公演>
劇場:Studio 54
254 West 54th Street (Bet. Broadway & 8th Avenue)
オフィシャルサイト: http://www.roundabouttheatre.org/54/index.htm
パフォーマンススケジュール:火~土 午後8時/水・土・日 午後2時
* 但し、10月12~22日は午後7時開演。また、9月12日(日)午後7時30分、11月22日(月)午後8時は特別上演有り。11月25日(木)は休演。
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Tags: ミュージカル, 恋愛, 映画, 舞台, 芝居, 音楽













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