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  • No.12 ナターシャ・リチャードソンを偲んで 「欲望という名の電車」と最後の舞台

    April 6th, 2009 by Lil Akim

    3月19日(木)の夜8時にブロードウェイの劇場街を歩いた人なら、どの劇場からもいつものきらびやかな明かりが消えているのに気づいたことだろう。

    その前日にニューヨークの病院で亡くなったトニー賞受賞女優、ナターシャ・リチャードソンの死に追悼の意を表すため、その夜、全ての劇場のビルボードからきっかり1分間、明かりが消されたのだ。

    彼女の突然の死は、数日前のスキーレッスン中の事故が原因だった。

    そして、そのニュースはわたしにはかなりの衝撃だった。


    <Photo: © Roundabout Theater Company>


    わたしが彼女の舞台を初めて、そしてそれが最後になってしまうとは知らずに見たのは、2005年の春、テネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」のリバイバル上演時だ。
    いう
    ナターシャ・リチャードソンが没落した名家出身の南部女性、ブランチを演じ、2007年に「ゴーン・ベイビー・ゴーン」でオスカーにノミネートされたエイミー・ライアンがその妹ステラを、映画「ブギー・ナイツ」や「シカゴ」でおなじみのジョン・C・ライリーが粗野で暴力的なステラの夫スタンリーを演じた。

    演出は、この人がするんだったら演目にかかわらず見てみたいと思う英国の演出家、エドワード・ホール(注1)。

    そして劇場は、1998年にナターシャがトニー賞を受賞した、サム・メンデス演出のリバイバルミュージカル「キャバレー」と同じくStudio 54。

    サム・メンデス版の「キャバレー」がオープンした頃、わたしはたまたまニューヨークに遊びにきていた。しかし、「今年絶対に見るべきパフォーマンス」とまで評されたナターシャのサリー・ボウルズは、チケットの入手が難しすぎて、今ほど観劇に入れ込んでいなかったわたしは早々に見るのをあきらめてしまったのだ。

    パブロフの犬のように、「キャバレー」と言えば山高帽をかぶったライザ・ミネリを思い出すわたしが、もしも当時ナターシャの「キャバレー」を見ていたら、その条件反射にどんな影響が出たのか、今となってはわからない。

    しかし、エリア・カザン監督の1951年の映画の印象が強烈すぎて、「欲望という名の電車」のブランチとスタンリーと言えば、ヴィヴィアン・リーとマーロン・ブランドしか思い浮かべなかったわたしに、新しいブランチの姿を見せつけたのはナターシャ・リチャードソンだった。(注2)

    3年前にStudio 54の舞台に立つ彼女を見てからというもの、わたしの頭の中でのブランチは、二次元で白黒のヴィヴィアン・リーから三次元でカラーのナターシャ・リチャードソンの姿にとって変わってしまったのだ。(でも、スタンリーは相変わらず白黒のマーロン・ブランドのままだったのは、きっと舞台上のジョン・C・ライリーには「ベッドではすごいんです」という色香が無く、ステラがあれほどまでに狂おしげに夢中になるワケがよく飲み込めなかったからだろう。)

    ナターシャのブランチは、男に対する欲望もあらわに、でも名家出身を思わせる気品も失わず、テネシー・ウィリアムズが戯曲に書いた「蛾を思わせる」というよりはむしろ、もっとはかなげなかげろうを思わせて、なんとも魅力的だったのである。

    蒸し暑さで体にまとわりつくシャンパン色のシルクのスリップとナイトガウン。

    寄ってくる男を絡めとろうとするかのように、まるでハエとり紙のようにいつも首からぶら下げていじくりまわしている模造真珠のネックレス。

    映画「セックス・アンド・ザ・シティ」でも、ベッドのミスター・ビッグの横に潜り込もうとするキャリーが、寝間着に首からパールのネックレスをぶら下げて指でいじくりまわしていたが、その姿は「そんなものをぶら下げてベッドに入るなんて、なんてこの女はアホなんだろう」とわたしに思わせただけだった。

    しかし、ナターシャ・リチャードソンのブランチがナイトガウンと一緒に身につけたフェイクパールのネックレスには、失われつつある若さや美貌への執着と、生きるために男を求める切なくなるほどの欲望が見え、彼女の指がネックレスをまさぐるほどに悲しみをおぼえたのだ。

    そして今は、もう彼女の舞台を見られないのかと思うと悲しみをおぼえる。

    ナターシャ・リチャードソンの最後の舞台となったのは、1月12日に行われたスティーブン・ソンドハイムを讃える特別ガラコンサート。場所はまたもやStudio 54だ。

    この日、ブロードウェイではここ35年上演されていないソンドハイムとヒュー・ウィーラーの「リトル・ナイト・ミュージック」がナターシャと彼女の母、バネッサ・レッドグレーブを含む豪華スターキャストにより、コンサート形式で上演された。

    この公演はベネフィット公演でもあったため、舞台が見えにくい二階の最後尾席でも150ドルし(しかも、早々に完売)、次に安い席は250ドル、オーケストラ席など500ドルもしていた(コンサートの後に開かれるパーティへの参加券付きは2500ドルだ)。

    その日はニューヨークに居ないことがわかっていた上に、コンサート形式のショウにそんなに出すのはバカらしく、しかも、「どうせ次か、その次のシーズンあたりに一部同じキャストで本格的に上演されるのだろう」とタカをくくっていたわたしは早々にパスし、コンサートのことはすっかり忘れ去っていた。

    そして届いたナターシャ・リチャードソンの突然の死のニュース。

    1月のガラコンサートで、彼女は「リトル・ナイト・ミュージック」の中でも一番有名な美しい曲、「センド・イン・ザ・クラウンズ(Send in the Clowns)」を歌ったはずだ。

    わたしがタカをくくって考えたように、彼女が歌うこの歌をこれから聞くチャンスがあったのならどんなに良かっただろう、とつくづく思う。


    ガラコンサートの夜、Studio 54のロビーにて、バネッサ・レッドグレーブとナターシャ・リチャードソン母娘

    <Photo : Jenny Anderson>


    注1: エドワード・ホールは、英国演劇界の大御所、ピーター・ホールを父に持ち、男性のみからなるシェークスピア劇団「プロペラ」を率いている演出家。

    「プロペラ」の公演はニューヨークでも大人気で、この5月6日から17日まで、BAM(ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック)にて3回目の公演をする。演し物は「ベニスの商人」。BAMの古くて美しいハーヴェイシアターで見る古典はまた格別の趣があるので、かなりおすすめだ。詳細はこちら

    ニューヨークには行けないという人は是非、7月2日〜12日までの東京芸術劇場でのプロペラの初来日公演を見ていただきたい。日本での演目は「ベニスの商人」と「夏の世の夢」。詳細はこちら

    注2:マーロン・ブランドはブロードウェイの初演時にスタンリーを、ヴィヴィアン・リーはロンドンでの初演時にブランチをそれぞれ演じている。映画版では二人を含む主要キャストの4人がオスカーにノミネートされ、マーロン・ブランドを除く3人が受賞している。ちなみに、その年の主演男優賞を受賞したのは、「アフリカの女王」のハンフリー・ボガードだ。


    ジュディ・デンチが歌う「Send in the Clowns」


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    2 Responses to “No.12 ナターシャ・リチャードソンを偲んで 「欲望という名の電車」と最後の舞台”

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