No.16 思わず腰ふる、エネルギー爆発ミュージカル『Fela!』
May 5th, 2010 by Lil Akim
ブロードウェイのショウが定刻通りに始まることなどめったにないと承知しているわたしは、いつも開演予定時間の約5分前に劇場に到着する。
しかし、その日はいつもよりも遅く、アフロビートの創始者で政治活動家のフェラ・クティの半生を描いたミュージカル『Fela!』を上演している劇場にたどりついたのは、開演時間ぎりぎりだった。
万が一にそなえ早足で歩いたために切れた息を整えつつ扉をくぐる。
その途端、観客達の話し声と劇場中に溢れるビートの効いた音楽、色彩豊かな照明とアートの洪水に飲み込まれた。
舞台上では既にバンドが演奏している。
客席のノリやバンドメンバーの汗から判断すると、演奏は随分前に始まったようだ。
顔にアートペインティングをほどこした数人の女性ダンサーも、リズムに合わせて腰をくねらせている。
ダンサー達が身につけているのは、プリミティブなプリントの布を使った腰ミノのようなミニスカートや、レザーのボンデージ風ベルトでアクセントをつけたイカした衣装。
腰の動きに合わせて布やベルトが揺れ、カラフルな照明がその揺れを彩っている。
照明が照らし出すのは他にもある。
ダンサーの背後に見えるトタン板が貼りめぐらされた殺風景な壁と足場。それを縁取るコードと電球。
そして、そんな武骨なセットとは対照的に、舞台と客席とを隔てる見えない第四の壁を超えて客席にまで広がる大胆なアート。
舞台からセットがはみ出して客席に進出する美術は何度も見たことがあるが、これは今までに見たどれとも違う。客席も舞台の一部であるかのような不思議な一体感と奥行きが感じられ、ブロードウェイの劇場にいることを忘れさせるのだ。

PHOTO: gbSk
既に自分の席に落ち着いていた5、6人の観客を立ち上がらせ、オーケストラ席のド真ん中という最上席に腰を下ろしたわたしがあたりを見回すと、ご近所さんのほとんどがパラソルの乗っかったのやら乗っかってないのやらの飲み物を手にしている。
隣の席に座っていたキュートなお姉ちゃんは、腕時計に落とした視線を劇場後方につと移したと思ったら、決然と立ち上がって長い脚で座席の背もたれをまたぎ、通路に着地するや否やバーに走り出す。
不思議に思いながらプレイビルを開いたわたしがそこに見つけたのは、ブロードウェイの劇場では見たことがない文章が書かれた蛍光色の紙っぺら。
「バー営業中! 二幕目の始まりまで開いてます!」
「ショウをご覧の間、どうぞお席でお飲みください!」
なんと、酒を飲みながら観劇できる。
どうりで客席がいつものブロードウェイの劇場らしからぬ雰囲気を持っているはず。
アルコールのせいだったのだ。
しかし、わたしのこの短絡で浅はかな憶測は、ミュージカル『Fela!』が始まってほんの数分で間違いであることが明らかになる。
アルコールが血管の中を走ると気分が高揚するがごとく、劇場を包み込むアフロビートのリズムは毛穴からじんわりと体内にしみ込み、心臓に到達する。
そして、ズンズンズンというリズムとドクンドクンドクンというビートがひとつになり、自分の身体の中でアフロビートが鳴り響く。
アルコールのせいではない。
音楽のせいだ。
いやはや、これで酒でも入っていようもんなら、自分がブロードウェイの劇場にいるのではなくクラブにいると思い込んで踊りまくっていたことだろう。
しかし、それこそジム・ルイスとともにこのミュージカルを書き、振り付けと演出を担当した世界的な振付家、ビル・T・ジョーンズの狙いだったのである。
その証拠は舞台の上にでかでかとかかげられていた。
「SHRINE(聖堂)」
フェラ・クティが、ナイジェリアのラゴスに作ったナイトクラブの名前。

フェラ・クティを演じるサ・ンガウジャ
(C) Monique Carboni
ロンドンの大学で音楽を学び、マイルス・デイヴィスやジェームス・ブラウン、フランク・シナトラ(!)に影響を受けたフェラの音楽は、都会的な臭いとアフリカの臭いが混ざり合い、ジャジーでファンキー。
ジャンベとブラスとエレキギターが奏でる曲はゴキゲンだ。
自身のバンドのツアーで滞在したアメリカでブラックパンサー党やマルコムXの思想に影響を受けて以来、歌詞には黒人の解放やパン・アフリカニズム等の政治的なメッセージが込められるようになり、時折はさまるコール&リスポンスによって、彼のメッセージはゴスペルのように聴衆の耳の奥まで届く。
軍隊をゾンビと表現した代表作「Zombie」等、ナイジェリアの軍事政権の圧政や富裕層を批判する作品を発表するフェラは、西アフリカ地方随一の大スターとなったが、当然ながら当局にとっては巨大な目の上のたんこぶ。
政府からの妨害を受け続け、不当逮捕、投獄、釈放を繰り返し、ついに作ったのが有刺鉄線で囲んだ「カラクタ共和国」と呼ぶコミューンだ(決して「ガラクタ」ではない)。
そしてその中に作ったナイトクラブが、彼の活動の拠点となるShrine。
ミュージカルは、1978年の夏、世界的にも有名な女性解放運動家で「アフリカの母」とも呼ばれるフェラの母、フンミラヨ・アニクラポ・クティの死の半年後に行なわれた、Shrineでの最後のコンサートという設定だ。
そう。つまりはブロードウェイの劇場はフェラのナイトクラブで、観客はナイジェリア政府当局の包囲をかいくぐってカラクタ共和国の有刺鉄線を超え、命がけでShrineでのライブを聞きに集まった客達というわけだ。
そんなこととはつゆ知らず、フェラ・クティの半生を、フェラ・クティ自身の音楽に乗せて描いたミュージカル、すなわち『ジャージー・ボーイズ』のようなジュークボックス・ミュージカルを予想して劇場にやってきたわたしは、ものの見事に裏切られた。
ミュージカルが始まってほんの数分で、2009年のブロードウェイから時空間を超えて1978年のナイジェリアにポンと放り込まれたのである。
その時空間の旅を助けるのは、尊大な態度と色気とカリスマを持ってフェラを演じる俳優だ(サ・ンガウジャとケビン・マンボのダブルキャスト)。
刺繍があしらわれたピンクやブルーのベルボトムパンツをセクシーに着こなし、腹のシックスパックを見せびらかし、見事な口パクでバリトンサックスを吹き(正確には吹いているように見せ)、聴衆を魅了しながら劇場中の観客をコンサートの一部にしてしまう。

フェラ・クティを演じるケビン・マンボ
(C) Monique Carboni
そして、『Spring Awakening(春のめざめ)』でトニー賞を受賞したビル・T・ジョーンズが振り付けた、ダンサー達を次から次へと病院送りにするほど過酷なダンスを、ショウが始まる前から終わるまでたっぷり、週に8回も披露してみせるアンサンブル達の底力にも目を見張る。
また、たとえダンサーでなくとも、音を聞いたら自然に腰を振ってしまう音楽を提供するのは、アレンジと演奏も担当するアンティバラス・アフロビート・オーケストラ(Antibalas Afrobeat Orchestra)。
ブルックリンを拠点に世界的に活動し、実際にフェラ・クティのバンドメンバーだったミュージシャン達も認めるこのバンドのアフロビートを聞くと、自分がブロードウェイの劇場に居ることをすっかり忘れてしまう。
そして、実際のShrineを知る人にまで「まるで本当のShrineに居るようだ」と言わしめたセットと舞台美術。
さらに、そのShrineを時にポップに、時に荘厳に見せる美しい照明の力と、効果的にトタン板に映し出される映像の力も大きい。
この作品を「偉大なミュージシャンであり活動家であるフェラの半生を描いたミュージカル」と単に呼ぶことは難しい。
これは、今を生きる現代人に今は亡きフェラを体験させるために作られた、今までのブロードウェイ・ミュージカルの枠を超えた全く新しいミュージカルだ。
全てが渾然一体となってよりパワフルなエネルギーを生み出しているこの作品を観た後、わたしに口にできるのはただひとつ。
フェラのコールに応えたリスポンス、「Yeah Yeah!」だ。
勝手に腰が動く度:★★★★★
「すごいものを見たぞ」度:★★★★★
フェラ・クティのことが良くわかる度:★★
フェラ・クティのことをもっと知りたくなる度:★★★★★
チケットに払っても良い金額:$122(フルプライス)
<オマケ1>
この作品は、2008年9月にオフ・ブロードウェイで1ヶ月だけ上演されて大絶賛を受け、1年後の2009年11月にブロードウェイに移ってきたものだ。今年の11月からはロンドンでの上演も決定しており、ブロードウェイに引き続き、サ・ンガウジャとケビン・マンボの二人がフェラを演じる予定。
<オマケ2>
フェラの半生を描いた映画がもうすぐ作られる予定。これも楽しみだ。
<オマケ3>
5月4日に2010年のトニー賞候補がアナウンスされ、『Fela!』はリバイバルの『La Cage aux Folles』と並んで11の最多ノミネートを受けた。
ノミネート部門は、作品賞、脚本賞、俳優賞(サ・ンガウジャ)、助演女優賞(リリアス・ホワイト)、美術デザイン賞、衣装デザイン賞、照明デザイン賞、音響デザイン賞、監督賞、振付賞、オーケストレーション賞で、トニー賞の発表は6月13日。
“Fela!”
劇場:Eugene O’Neill Theater
230 West 49th Street (Bet. Broadway & 8th Avenue)
オフィシャルサイト: http://www.felaonbroadway.com/
Student Rush Ticket:有り
学生のみ購入可能なラッシュチケットは、開演2時間前に発売開始になる。お値段は$27.00で、有効な学生証を持っている人が1枚のみ購入できる。
但し、毎回販売されるとは限らないので、予め劇場のBox Officeで確認すべし。
パフォーマンススケジュール(2010年5月5日現在):火 午後7時/水・木・金・土 午後8時/日 午後7時30分/土・日 午後2時
* 水曜と日曜のパフォーマンス時間は週によって変更になる場合があるので、オフィシャルサイトでスケジュールをチェックすべし。
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